
こんにちは、李哲です。
スタンフォード大学の博士、李宗恩中医師1の症例:升結腸癌 – 當張仲景遇上史丹佛(08/08/2025発表)を翻訳しました。
35歳の中国人女性が上行結腸に発生した大腸がんと診断され、胃痛、腹部膨満感、腸閉塞、倦怠感、吐き気などの自覚症状を中医学で治療。2023年から2025年にかけて、腫瘍縮小と生活の質の向上を達成した症例を詳細に解説します。この記事では、中医学による治療経過や具体的な処方、患者の症状改善のプロセスを紹介します。
2023年7月:大腸がん診断と初期症状
2023年7月、35歳の女性が上行結腸に発生した大腸がんと診断されました。診断時の主な自覚症状は以下の通りです:
- 腫瘍部位の強い痛み:上行結腸の腫瘍による持続的な痛み。
- 胃痛:食事後や安静時に感じる胃の不快感。
- 腹部膨満感:お腹の張りやガスが溜まる感覚。
- 不規則な排便:便秘や下痢が交互に起こる。
- 腸閉塞:時折、腸が詰まるような強い症状。
- 重度の貧血による倦怠感:日常的な疲労感と体力低下。
- 易怒性:イライラしやすく、感情のコントロールが難しい。
- 吐き気:食後や安静時に感じる吐き気。
- 夜間の頻繁な覚醒:1晩に3回以上の睡眠中断。
患者は長年B型肝炎ウイルスを保有しており、西洋医学的手術や化学療法を拒否。中医学による治療を選択しましたが、最初の1か月の治療では効果が不十分でした。患者は倪海厦(ニ・ハイシャ)先生2の中医学教材を自ら学び、複数の処方を試し、胃痛や腸閉塞などの症状を一時的に抑制。しかし、腫瘍の進行は止まらず、腹部膨満感や倦怠感は持続しました。

2024年6月初診:中医治療の開始と自覚症状の改善
2024年6月、患者は中医クリニックを受診。初診時の処方は以下の生薬で構成され、比較的標準的なものでした:
- 当帰、桂枝、白芍、生姜、炙甘草、紅棗、細辛、木通、大黄、麻子仁、厚朴、枳実、柴胡、黄芩、川芎、生地、炙黄耆、木香、陳皮、酸棗仁、女貞子
13煎(13回分)の服用後、再診時に以下の改善が確認されました:
- 精神状態と体力の向上:倦怠感が軽減し、筋力が増加。
- 腹部膨満感の軽減:お腹の張りが減少し、食事後の不快感が改善。
- 胃痛の軽減:食事後の胃痛が大幅に減少。
- 腫瘍部位の痛み軽減:月経後の腫瘍部位の不快感が軽減。
- 食欲の改善:ステーキや油分の多い食事を摂取可能に。
- 易怒性の減少:イライラが減り、気分が安定。
- 睡眠の改善:夜間覚醒がなくなり、熟睡可能に。
患者は「普通の生活に戻れた」と自述し、子供の世話や家事を自由に行えるようになりました。この処方をさらに10煎継続し、その後、肝胆を清める処方に変更しました:
- 柴胡、玉金、黄芩、竜胆草、炙鱉甲、茜草、五倍子、海金沙、鶏内金、金鈴子、金銭草、炙黄耆、白芍、炙甘草、厚朴、枳実、木香、陳皮、当帰

清肝胆処方への移行と腸閉塞への対応
清肝胆処方開始時、強い身体反応(腹部膨満感や不快感)が現れたため、1回半量に減らし、徐々に適応。反応は良好で、患者の気分も改善しました。治療中に一度腸閉塞が発生しましたが、初診処方に少量の芒硝を加えて数日服用後、回復。2024年9月の再診では、以下の改善が確認されました:
- 気色の改善:顔色が良くなり、唇の血色が回復。
- 腫瘍部位の痛み消失:上行結腸の痛みがほぼ解消。
- 胃痛・吐き気の軽減:食事後の不快感がさらに減少。
治療方針を微調整し、朝晩に以下の処方を服用、昼に清肝胆処方を追加:
- 当帰、桂枝、白芍、生姜、炙甘草、紅棗、細辛、木通、大黄、炮附子、麻子仁、厚朴、枳実、防己、椒目、葶藶子、呉茱萸、肉蓯蓉、女貞子
関連記事:抗がん剤の副作用に耐えられなくて、漢方薬治療に来た大腸がん患者
2024年12月:CT検査で腫瘍縮小を確認
2024年12月の強化CT検査で、以下の結果が確認されました:
- 腸壁の厚さ減少:2.1cmから1.7cmに縮小。
- 病変範囲の縮小:5.3cmから4.7cmに縮小。
- リンパ節の縮小:周囲リンパ節が明らかに縮小。
- 肝臓と貧血の改善:肝機能は正常、貧血も改善。
これにより、胃痛、腹部膨満感、腸閉塞、倦怠感などの自覚症状が大幅に改善し、患者の生活の質が向上しました。

2025年1月:さらなる症状改善と処方の簡素化
2025年1月の再診では、以下の自覚症状の改善が確認されました:
- 腫瘍部位の痛み消失:上行結腸の痛みが完全に解消。
- 胃痛のほぼ解消:食事後の胃痛がほぼ消失。
- 腹部膨満感・腸鳴の消失:お腹の張りや腸の音がほぼなくなる。
- 吐き気の解消:食事後の吐き気や不快感が消失。
- 食欲の安定:油分や肉類の摂取に不安がなくなる。
処方の負担を軽減するため、1日1回の以下の処方に統一:
- 当帰、桂枝、白芍、生姜、炙甘草、紅棗、細辛、木通、炮附子、大黄、厚朴、枳実、灶心土、黄芩、炒白朮、延胡索、柴胡、玉金、炙鱉甲、茜草
- 必要に応じて少量の芒硝を追加

2025年5月:腫瘍のさらなる縮小と安定
2025年5月の再診で、西洋医学的検査により腫瘍のさらなる縮小が確認されましたが、原因は不明とされました。以下の改善が報告されました:
- 体重増加:体力が回復し、体重が安定。
- 腫瘍部位の無痛化:痛みが完全に消失。
- 胃痛・腹部膨満感の消失:胃の不快感やお腹の張りが解消。
- 吐き気・胃酸逆流の解消:食事後の不快感がなくなる。
- 腸閉塞の予防:芒硝を適宜追加することで腸閉塞を回避。
5月以降も状態は安定し、患者は日常生活を問題なく送れていると報告しています。

中医治療の戦略と患者の信頼の重要性
重篤疾患の治療は、敵が強くこちらが弱い戦いに例えられます。患者の状態、仕事、生活、家族との関わりを考慮し、優先順位を定めて段階的に治療を進める必要があります。
特に、胃痛、腹部膨満感、腸閉塞、倦怠感、吐き気といった自覚症状の管理が重要です。患者の信頼と協力が不可欠であり、初期の清肝胆処方での強い反応で治療を中断していた場合、腫瘍は縮小せず、肝臓がん、胆管がん、膵臓がんに進行していた可能性があります。
倪海厦(ニハイシャ)先生の「一剤知、二剤已(1煎で効果が分かり、2煎で治癒)」は、簡単な症状に対する中医学の迅速な効果を強調したもので、大腸がんのような複雑な疾患にそのまま適用されるものではありません。倪先生の実際の症例では、複雑な病態の患者が多く、短期間での完全治癒はまれです。

患者とのコミュニケーションの重要性
中医学に詳しくないが治療に協力的な患者や、深い知識を持つ患者はコミュニケーションがスムーズです。問題は、表面的な知識やインターネットの情報で医師の診断や治療を疑う患者です。こうした患者は、胃痛や腸閉塞などの症状に対する臨床経験に基づく治療方針を理解せず、治療効果を損なう可能性があります。
この症例では、患者の協力と中医師の戦略的な治療により、大腸がんの腫瘍縮小と自覚症状(胃痛、腹部膨満感、腸閉塞、倦怠感、吐き気)の改善を達成。患者は日常生活を取り戻し、生活の質が大きく向上しました。
関連記事:中医学によるがん治療の詳細や他の症例にご興味がある方は、中医学の体の仕組み(基礎知識)やがん治療における中医のアプローチをご覧ください。
李哲の説明:処方箋の分析とアレンジの背景
この症例で使用された中医処方は、大腸がん(上行結腸)に伴う胃痛、腹部膨満感、腸閉塞、倦怠感、吐き気などの自覚症状を改善し、腫瘍の進行を抑えることを目的に、古典的な処方をアレンジしたものです。
以下では、2024年6月の初診処方、2024年9月の清肝胆(肝臓と胆嚢の毒素を出す)処方、2025年1月の簡素化処方を分析し、それぞれがどの古典処方を基にどのように調整されたかを解説します。
2024年6月初診処方の分析
初診時の処方は以下の生薬で構成されています:
- 当帰、桂枝、白芍、生姜、炙甘草、紅棗、細辛、木通、大黄、麻子仁、厚朴、枳実、柴胡、黄芩、川芎、生地、炙黄耆、木香、陳皮、酸棗仁、女貞子
この処方は、複数の古典処方を組み合わせ、患者の具体的な症状(胃痛、腹部膨満、腸閉塞、倦怠感、吐き気)と体質(B型肝炎ウイルス保有、貧血)に合わせて調整されています。主な基盤となる処方は以下の通りです:
- 四物湯(当帰、白芍、川芎、生地):血を補い、血行を促進する基本処方。患者の重度貧血や倦怠感を改善し、腫瘍による血虚(血液不足)を補う目的。川芎は血行を活性化し、胃痛や腫瘍部位の痛みを緩和。
- 桂枝湯(桂枝、白芍、生姜、炙甘草、紅棗):体を温め、気血の流れを整える。患者の冷えや倦怠感、夜間の覚醒に対応。桂枝と白芍は筋肉の緊張を緩和し、腹部膨満感や胃痛を軽減。
- 大承気湯(大黄、厚朴、枳実、芒硝[後で追加]):腸内の停滞(便秘や腸閉塞)を解消し、腹部膨満感や腸鳴を改善。大黄は熱を清め、腸の蠕動運動を促進。芒硝が追加された際は、腸閉塞の急性症状に対応。
- 小柴胡湯(柴胡、黄芩、炙甘草):肝胆の気を調節し、腫瘍の進行に伴うストレスや易怒性を緩和。黄芩は炎症を抑え、腫瘍部位の熱感や胃痛を軽減。
- その他の生薬:
- 細辛:体を温め、痛みを緩和(胃痛、腫瘍部位の痛み)。
- 木通:利尿作用で水分代謝を改善し、腹部膨満感を軽減。
- 麻子仁:腸を潤し、便秘や腸閉塞を予防。
- 木香、陳皮:気を巡らせ、腹部膨満感や吐き気を改善。
- 酸棗仁:睡眠を改善し、夜間の覚醒を減少。
- 女貞子:肝腎を補い、B型肝炎による体質的な弱さをサポート。
- 炙黄耆:気を補い、倦怠感や体力低下を改善。
この処方は、四物湯と桂枝湯で気血を補い、大承気湯で腸の停滞を解消、小柴胡湯で肝胆を調節する多角的なアプローチです。患者の貧血、倦怠感、胃痛、腹部膨満、腸閉塞を同時に治療し、腫瘍の進行を抑えるバランスが考慮されています。

2024年9月清肝胆処方の分析
清肝胆処方は以下の生薬で構成されています:
- 柴胡、玉金、黄芩、竜胆草、炙鱉甲、茜草、五倍子、海金沙、鶏内金、金鈴子、金銭草、炙黄耆、白芍、炙甘草、厚朴、枳実、木香、陳皮、当帰
この処方は、肝胆の熱を清め、腫瘍の進行を抑えることを主眼に置いています。基盤となる処方は以下の通りです:
- 小柴胡湯(柴胡、黄芩、炙甘草):肝胆の気を調節し、易怒性やストレスを軽減。黄芩は腫瘍部位の炎症を抑え、胃痛や吐き気を緩和。
- 竜胆瀉肝湯(竜胆草、柴胡、黄芩、木通[初診から継続]、当帰):肝胆の熱を清め、腫瘍の進行に伴う熱感や炎症を抑制。竜胆草は強力な清熱作用を持ち、腫瘍部位の痛みや腹部膨満感を軽減。
- その他の生薬:
- 玉金(鬱金):気血の停滞を解消し、腫瘍部位の痛みを緩和。
- 炙鱉甲、茜草:軟堅散結(硬い腫瘍を軟化させる)作用で、腫瘍の縮小を促進。
- 五倍子、海金沙、金銭草:利尿作用と結石予防で、腸閉塞や腹部膨満感を予防。
- 鶏内金、金鈴子:消化を助け、胃痛や吐き気を軽減。
- 炙黄耆、白芍、炙甘草:気を補い、倦怠感を改善。
- 厚朴、枳実、木香、陳皮:腸の停滞を解消し、腹部膨満感や腸鳴を軽減。
この処方は、腫瘍の進行を抑えるため肝胆の熱を清めつつ、胃痛、腹部膨満、腸閉塞を予防。初診処方からの継続生薬(厚朴、枳実など)が腸の機能を維持し、B型肝炎による肝負担を考慮した調整が加えられています。初期の強い反応は、清熱作用の強い竜胆草によるものと考えられ、量を調整することで適応が進みました。

2025年1月簡素化処方の分析
2025年1月の簡素化処方は以下の生薬で構成されています:
- 当帰、桂枝、白芍、生姜、炙甘草、紅棗、細辛、木通、炮附子、大黄、厚朴、枳実、灶心土、黄芩、炒白朮、延胡索、柴胡、玉金、炙鱉甲、茜草(必要に応じて芒硝)
この処方は、初診処方と清肝胆処方の要素を統合し、患者の負担を軽減するために簡素化されています。基盤となる処方は以下の通りです:
- 四物湯(当帰、白芍、生地[初診から継続]、川芎[初診から継続]):引き続き貧血と倦怠感を改善し、気血を補う。
- 桂枝湯(桂枝、白芍、生姜、炙甘草、紅棗):体を温め、胃痛や倦怠感を緩和。
- 大承気湯(大黄、厚朴、枳実、芒硝[適宜追加]):腸閉塞や腹部膨満感を予防。芒硝は急性症状に対応。
- 小柴胡湯(柴胡、黄芩、炙甘草):肝胆の調節を継続し、腫瘍の進行を抑制。
- その他の生薬:
- 炮附子:体を温め、倦怠感や冷えを改善。腫瘍による虚弱体質に対応。
- 灶心土:胃を温め、吐き気や胃痛を軽減。
- 炒白朮:脾胃を強化し、消化機能を改善(腹部膨満感、吐き気対応)。
- 延胡索:血行を促進し、腫瘍部位の痛みを緩和。
- 玉金、炙鱉甲、茜草:腫瘍の縮小を促進し、気血の停滞を解消。
この処方は、初診時の気血補充と腸機能改善を維持しつつ、清肝胆処方の腫瘍抑制効果を取り入れ、患者の症状(胃痛、腹部膨満、腸閉塞、倦怠感、吐き気)がほぼ消失した状態に合わせて簡素化。炮附子や灶心土の追加により、体力回復と消化機能の強化が図られています。

処方アレンジの特徴と効果
この症例の処方は、以下のような特徴を持っています:
- 多層的なアプローチ:気血の補充(四物湯、桂枝湯)、腸の停滞解消(大承気湯)、肝胆の調節(小柴胡湯、竜胆瀉肝湯)を組み合わせ、腫瘍と自覚症状を同時に治療。
- 患者個別の調整:B型肝炎や貧血を考慮し、女貞子や炙黄耆で肝腎と気を補強。腸閉塞の急性期には芒硝を追加。
- 症状への的確な対応:胃痛(延胡索、灶心土)、腹部膨満(厚朴、枳実、木香)、腸閉塞(大黄、芒硝)、倦怠感(炙黄耆、炮附子)、吐き気(陳皮、鶏内金)をターゲットに生薬を選択。
- 腫瘍縮小への配慮:炙鱉甲、茜草、玉金などの軟堅散結作用で、腫瘍の進行を抑制(CTで確認された腸壁厚さ2.1cm→1.7cm、病変範囲5.3cm→4.7cm)。
このアレンジにより、患者は胃痛、腹部膨満、腸閉塞、倦怠感、吐き気の改善を達成し、腫瘍縮小と生活の質の向上が実現しました。中医学の強みは、患者の体質と症状に合わせた柔軟な処方調整にあり、この症例はその好例です。
関連記事:中医学の処方についてさらに知りたい方は、四物湯の効果と活用法や小柴胡湯による肝胆治療をご覧ください。
李宗恩博士はアメリカ・カリフォルニアの著名な中医師。数々の難病・がん治療で高い臨床効果を出して、中医学の普及のために記事を書か続けて、研修医たちも育てている素晴らしい先生です。李宗恩博士の診療所情報は、以下の記事で説明しているので、どうぞご参考にして下さい。オススメの漢方医・鍼灸医(海外)
倪海厦(ニハイシャ)先生(1954—2012)はアメリカの著名な中医学先生。漢方・鍼灸・風水・占いに精通した天才。「傷寒雑病論」をもとに様々な癌・指定難病を治し、LAST HOPE(最後の希望)だと患者さんに言われました。また、臨床治療を行いながら、たくさんの優秀な中医学先生を育成し、中医学伝授のために努めました。倪海厦(ニハイシャ)先生の生涯を紹介しますで詳しく書きましたので、よかったらご覧ください。
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