前書き
こんにちは、李哲です。
アメリカの中医師、鄭智城先生1の漢方薬症例、一波三折的子宫内膜异位治疗_郑智城(2011-08-13発表)を翻訳しました。
子宮がないのに、子宮内膜症だと診断された女性。毎晩、決まった時間に悪魔が降りたように、激しい下腹部痛と腰痛で目が覚める。どんな強力な鎮痛剤でも効かない。
西洋医学の手術で治そうとしても、すでに子宮全摘手術を受けた彼女は、切り取るところがありません。
幸いにも彼女は漢方医に診てもらったこと。試行錯誤の漢方薬処方で、やっと彼女は地獄から脱出できました。どんなストーリーなのか、以下の翻訳をご覧ください。
「肝気鬱結」で子宮内膜症になった女性
前回話したアメリカ中年女性、毎回電話をかけてきて辛いところを訴えてきました。電話の中で泣きそうになっているので、私は聞いて非常に心痛かったです。
俗語でも言いますが、よく泣く子はお菓子がもらえる。
何度も相談電話に疲れ、私は最後劇物の処方箋を出して一気に治そうとしたけど、その治療経過は波乱万丈でした。以下で治療過程を紹介します。
この中年女性、実はかわいそうな人です。
彼女はプロの会計士で、著名なイオ・ミン・ペイ(Ieoh Ming Pei )と一緒に仕事したことがあります。
若い時に骨までしみる恋愛経験が、子宮内膜症の原因になったのです。中医学の角度からみると、肝気鬱結(強いストレス)が原因で、瘀血が溜まっています。
子宮全摘手術したのに、子宮内膜症なんてありえない!と笑う先生たち
子宮内膜症に関して、西洋医学は特に方法はありません。
子宮全摘手術をするだけ。
だから、彼女は今、子宮がないのです。
彼女を診察した前後5人の先生、みんな彼女を笑っていたそうです。みんな口を揃ったように言うのは、
「子宮がないのに、子宮内膜症だと?」
その中の一人は、さらに断言しました。
「私は30年間の婦人科疾患を診ています。子宮全摘手術のあとに、子宮内膜症になるなんて、見たことがありません!」
彼女はとても憤慨してました。
「これは何の話だ!あなたがあと100年お医者さんの仕事をしても、知らないのは知らない!」
ほかの産婦人科名医は、子宮内膜症だと診断した
彼女はその後、有名な婦人科先生に診てもらいました。その先生は彼女の症状を聞いて、最初の診断が「子宮内膜症」。
その先生の判断根拠は、子宮はないけど手術の傷口が残る。これも子宮内膜症の範囲に入るのです。
地獄に落ちたようにつらい下腹部の激痛
現在彼女の症状は、
毎晩11~12時になると、下腹部の激痛で目が覚めます。
痛すぎて鎮痛薬を飲んでも効きません!
大便は出そうなのに出なくて辛い。
苦しくてしょうがないそうです。
彼女は私に言いました。
「夜になるのが怖い!夜になると、地獄に落ちたみたいに辛いです!」
もう一つ、彼女は腰痛があります。
腰の両側から脇腹まで、硬くて痛い。
夜に痛みが増すのは、瘀血に違いないです。
最初の漢方薬で効いたけど、持続できなかった
最初は効果が著しかったです。
でも、その後は効果がまったくないのが、本当に不思議でした。
ある日、彼女は電話で話しました。
「鄭先生、もうダメです。私は運命だと諦めるしかないです。」
私も話すことができなくて、慰めるしかなかったです。
この不可解な症状、私はずっと考えていました。
ある日、本を読んでいる時、急にアイディアが浮かびました。もしかして、これって著名な大黄甘遂湯の症状?
大黄甘遂湯は、張仲景3の婦人科疾患を治す強烈な処方です。
今の中医学の先生は、ほとんど使いません。なぜなら、甘遂は劇薬で、1~2gでも激しい嘔吐と下痢になるからです。
現代の中医学先生のところか、古代の漢方医も使うのが少なかったですね。
古代の医学書に書いているのは、当時の中医師は甘遂を使わないから、本来は治せるものが、どんどん後回しになり治せなくなっている。先生が冒険はしたくないのは、昔からありましたね。
病院の治療で、自宅マンションを売るしかない窮地まで落ちた患者
かわいそうな彼女は、見殺しができなかったです。彼女は子宮内膜症で、仕事も失いました。仕事ができないので、自腹で保険を買うしかないです。毎月1200ドル(日本円で13万5千円くらい)。
こんなにお金かけて、たくさんのお医者さんに診てもらっても、たくさんの西洋薬を飲んでも治っていません。彼女は現在、仕方がなくて自宅を売りました。
皆さん見てください。
病気治療のために自宅まで売る。
西洋医学は、すごいもんです。
治療ができるところか、患者さんは一生の貯金までなくなっています。
劇薬1回目の効果:強烈な腰痛が消えて、下腹部痛が遅れてきた
私は彼女を助けることを決心して、大黄甘遂湯を処方しました。
3種類の生薬しか入っていません。
大黄、甘遂(かんずい)、阿膠(あきょう)。
1日目、彼女は飲んだ後、最初は頻繁に小便して、その後は軽い下痢。嘔吐は1回あり、頭痛もしました。3時間後、3回ほど猛烈な大量の下痢。ズボンを脱ぐ暇もないくらい、猛烈に下しました。その後は、何回か硬い便が出ました。
不思議です。
一般的には下痢すると、最初の硬い便から水様便になるのに、彼女は逆。
彼女「1日何も食べてないのに、こんな大量の便はどこから?瘀血が出ているでしょうか?」
私「多分そうです。」
翌日の午前中、彼女からまた報告の電話が入りました。昨日の夜、毎晩決まった時間におそってきた下腹部痛が、4時間も遅れてきて、朝5時にあった排尿困難も、だいぶ良くなった。そして、なんと強烈な腰痛が消えたのです!
もし一般人が下痢すると、あとで手足に力が入らなくなります。
腰痛がある人は、さらに痛くなる。しかし、彼女はなんと腰痛が消えました。
この漢方薬を飲んでから、しばらく休養が必要です。
彼女が気になっているのは、この漢方薬で子宮内膜症が消えるのか?
私は彼女に教えました。
「十分可能性があります。」
西洋医学の先生すら、漢方薬で瘀血を出す方法に賛成
ある日の夜、彼女の主治医がちょうど彼女に電話して告げたのは、「自分にはこの手術ができません(手術で瘀血を出すこと)。専門家の◯◯に診てもらってください。」
そして、彼女は今飲んでいる漢方薬で、こんな反応があったと話しました。なんと主治医は賛成して、「漢方薬で傷口を(つまり瘀血)治すのは良い方法だ」と言ったのです。
彼女は私に言いました。
「鄭先生、心配しないでください。少なくとも私の主治医は緑ランプ(green light)ですよ。」
2回目の漢方:大量の便が出て、その夜から下腹部痛が消えて、グッスリ寝られた
彼女の服薬後の反応が怖いので、私は続けて飲ませるのを止めました。
1週間後の昨日、彼女はもう一度大黄甘遂湯を飲みました。飲んでからすぐは反応がなくて、彼女は文句の電話まできたのです。そして、今日また電話きました。
彼女が言うのは、「今度の漢方薬は更に良いです。大量の猛烈な下痢はしてないけど、昨日電話してから15~20回のしっかりした大便が出ました。」
その後は?
昨日の夜は朝までグッスリ眠れた。
夜中にお腹が空いて起きて食べ物を探した以外、彼女はずっと寝れてました。
彼女の子宮内膜症は、あと数回「掃除」する必要があるでしょう。
李哲の感想と解釈
子宮がなければ、子宮内膜症がない。
これは西洋医学の単純で幼稚な考え方です。
他のたとえですが、乳房切除術(全摘手術)をしても乳がんになります。
何年か前、アンジェリーナ・ジョリーが乳がんを予防するためにやりました。こんな発想がある西洋医学は、スンバラシイとしか言えない。
舌癌を予防するために、舌を切る。
前立腺がんを予防するために、生殖器官を切り取れば良いですか?
世の中の病気、みんな切って治るなら、医学を勉強する必要があります?最初から大工さんみたいに、切ってくっつける技術を学べば良いでしょう?
臨床でみると、開腹手術は確実に臓器の癒着を引き起こします。癒着がひどい人は、手術後すぐ強烈な腹痛が起きて、2回めの手術を受けるしかない。
癒着が軽い人は、手術が大成功だと言われるけど、まだ喜ぶのは早いです。数年後・十数年後に徐々に問題が出るから。
私が今までみた手術の後遺障害は、便の通りが悪くて便秘ぎみ、もしくは下腹部がシクシク痛む。
過去に治療した男性は、腸閉塞の痛みが治ったのに、癒着からくる腹痛でまた手術になってました。以下の記事、どうぞご覧ください。
手術しないで病気が治るのか?
本ブログでは様々な症例を翻訳して、私の鍼治療例も書いています。
子宮内膜症の主な症状は、生理前後の激しい腹痛と腰痛。
これは足ツボ整体でも治せるし、鍼治療でも簡単に治せます。以下3つの治療例、参考にしてください。
https://li-hari.net/entry/2010-10-14-184940
https://li-hari.net/entry/seirityu-youtuu
https://li-hari.net/entry/syuzyutugonoseiritu5
女性の皆さん、「手術すれば治る!」などのデタラメ話を信じないでください。
手術以外の治療法があるのに、なぜ癒着のハイリスクを踏む必要があるでしょうか?
https://li-hari.net/entry/2010-06-30-193844
生理痛、排卵痛、生理不順などがあったら、近くの信頼できる鍼灸院・漢方専門医に診てもらってください。完治まで多少なりとも時間がかかるけど、開腹手術より副作用がなくて後遺障害もありません。
死ぬか生きるかの境目にならない限り、手術は選択すべきではないです!
(おわり)
鄭智城先生はアメリカで開業している漢方医。様々な面白い症例があったので、翻訳させていただきました。人物紹介と診療所情報は、オススメの漢方医・鍼灸医(海外)をご覧ください。
↩︎倪海厦(ニハイシャ)先生(1954—2012)はアメリカの著名な中医学先生。漢方・鍼灸・風水・占いに精通した天才。「傷寒雑病論」をもとに様々な癌・指定難病を治し、LAST HOPE(最後の希望)だと患者さんに言われました。また、臨床治療を行いながら、たくさんの優秀な中医学先生を育成し、中医学伝授のために努めました。倪海厦(ニハイシャ)先生の生涯を紹介しますで詳しく書きましたので、よかったらご覧ください。
↩︎生涯と業績
青年期と学び 張仲景は青年期に同郡の張伯祖から医術を学びました。彼は親孝行で清廉な性格から、孝廉に推挙され、建安年間(196年 - 220年)初期には長沙太守を務めました1。
医学への転向 後漢末期の混乱と疫病の流行に心を痛めた張仲景は、官職を辞して医学の研鑽に専念することを決意しました。彼の家族や親族の多くが疫病で亡くなったことが、彼の医学への情熱をさらに強めました12。
著作と影響 張仲景は、古代から伝わる医学の知識と自らの経験をもとに『傷寒雑病論』を著しました。この書物は後に『傷寒論』と『金匱要略方論』に分割され、漢方医学の最も重要な文献の一つとなりました12。彼の治療法は、患者個々の症状に応じた独創的なものであり、先人の知識を尊重しつつも柔軟性を持って対応しました1。
晩年と遺産 張仲景は219年に亡くなりましたが、彼の業績は後世に大きな影響を与え続けています。河南省南陽市宛城区には彼の墓碑があり、「東漢長沙太守醫聖張仲景先生之墓」と大書されています1。
張仲景の生涯は、医学に対する情熱と献身、そして人々の健康を守るための努力に満ちたものでした。彼の業績は今なお多くの人々に尊敬され、学ばれています。
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